ワクチンを「推進派」「懐疑派」で論ずることの違和感
新型コロナワクチンに関して、「推進派」という立場で雑誌の取材を受けた。
新型コロナワクチンに対して懐疑的な立場のジャーナリストの方の企画とのこと。
正直なところ、診療以外で余計なアドレナリンは分泌したくなかったが、読者の方に適切な情報を提供する必要があると考えお引き受けすることにした。
そもそもこの手の企画には違和感がある。
ワクチンは「賛成か反対か」という思想や信条の問題ではなく年齢や基礎疾患ごとのリスクとベネフィットの問題。これはすべての医療行為において同様だ。
ワクチンには副反応もあるし、感染を完全に防ぐものでもない。しかし、高齢者や基礎疾患のある方など、リスクの高い人にとっては重症化・死亡を防ぐ重要な選択肢になる。
一方で、強固な科学的根拠のある情報と、根拠の乏しい主張を「両論」として同じ重みで並べることは、適切ではないとも思う。特に「慎重派・懐疑派」とされる方は、少なくとも医療関係者の中では極めてマイナーな存在だ。メディアに求められるのは単純な「両論併記」ではなく、根拠の質に応じた情報提供ではないだろうか。
ワクチンの接種、非接種は、その人の生命に大きな影響を与える可能性がある。
メディアは、情報の伝え方については、それが科学的事実なのか、個人の解釈なのかを明らかにした上で、ある程度のキュレーションを掛ける必要があると思う。
以下、いただいた質問に対する佐々木の見解。個人的見解と科学的事実は分けてお伝えするよう努力した。
1. 接種開始当時の政府対応をどう評価するか
菅内閣の1日100万件というワクチン接種がなければ日本は大惨事になっていたと思う。
十分量のワクチンをいち早く確保し、迅速かつ強力な接種実施体制を構築した政府の強く、かつ適切なリーダーシップは高く評価したい。
当時は、感染者を減らし、重症化・死亡を減らし、医療提供体制を守ることが最優先の局面でした。特に最初のワクチンは感染防御効果も高かった。その意味で、政府が新型コロナワクチンの接種体制を急いで整備し、特に医療従事者、高齢者、基礎疾患のある方を優先したことは、方向性として妥当だったと考える。

新型コロナウイルス感染症は当初は非常に致死率が高かった。インフルエンザの約100倍の死亡率、日本でもワクチン接種が普及する前に、志村けんさんや岡江久美子さんら、著名人も新型コロナウイルス感染症によって亡くなられている。
一方で反省点もある。
ワクチンの効果や副反応について、時間とともに知見が更新されること、感染予防効果と重症化予防効果は分けて説明すべきこと、まれな副反応や健康被害救済制度の位置づけについても、もっと早く、もっと分かりやすく伝える余地があったと思う。
ただし、当時の不確実性の中で「何もしない」ことが最も安全だったとは考えられない。
感染者が増えれば重症者と死亡者が増え、医療崩壊による間接的被害も生じる。それは実際に第3波の関西で、そして第4波の首都圏で経験した。そのリスクを下げる手段として、ワクチン接種を進めた判断は公衆衛生上、合理的だったと考える。
2. 当時、患者に新型コロナワクチンに対してどのように説明していたか
最初のワクチンは感染予防効果も強かったが、ワクチンは「絶対に感染しないためのもの」ではない。ワクチン接種は、重症化、入院、死亡のリスクを下げることが目的であるという点を強く伝えた。
当然、副反応についても説明する。問診票の項目にも「副反応への理解」は含まれる。
接種部位の痛み、発熱、倦怠感、頭痛などは比較的よく起こること、まれにアナフィラキシーなどの重大な副反応があり得ること、体調や既往歴によっては個別に判断すべきことを伝えた。

日本では2021年2月より、主にコロナ対応を担う大病院の職員向けに先行接種が開始となった。4月からは65歳以上の高齢者への優先接種、5月には大規模接種センターも開設され、6月には大学や会社などで職域接種もスタートした。
心筋炎が問題になったのは途中から(2021年の5月ごろから)。
ただし、その発症者数は非常に少なく、翌月にはCDCもmRNAワクチン接種後の心筋炎リスク上昇、特に12〜29歳男性でのリスクを認めたうえで、全体として接種利益がリスクを上回ると結論づけている。
特に若年層男性には心筋炎のリスクとベネフィットについて考えていただくようお伝えしたが、ワクチン接種開始当時は、特に高齢者や基礎疾患のある人たち、喫煙者などの死亡率が高いことは志村けんさんなどの著名人の死亡もあってすでに多くの市民も理解されていた。
ワクチン接種によって、感染率の低下(最初のワクチンは感染率も大幅に下げた)、重症化率・死亡率が下がることのベネフィットは多くの人に圧倒的に強く見えていたと思う。私の担当患者やその家族で、若年男性を含め、ワクチンを忌避する人はほとんどいなかった。
3. 結果として、ワクチンは安全で有効だったと評価するか
そう評価する。
ワクチン接種前、特に第2波から第3波にかけては、高齢者や基礎疾患のある方が感染すると重症肺炎になり、亡くなる方も少なくなかった。在宅でコロナ肺炎の患者さんたちの看取りを何件も担当したし、高齢者施設ではその感染力の高さから入居者のほとんどが感染、そのうち3分の1が入院、数名が死亡、などの状況も生じていた。
その後、2021年春から高齢者への接種が始まり、夏にかけて接種が進むにつれて、少なくとも私が在宅医療で診ていた高齢者・基礎疾患のある患者さんでは、感染者も、感染しても重症化する割合も、目に見えて減少した。施設内クラスターは目立たなくなり、高齢者施設における死亡者も激減した(感染後の衰弱による死亡者はおられたが)。
東京が第4波に襲われた時、高齢者の接種はほぼ一巡していた。
一方で、若年者に対するワクチン接種は間に合わず、多数の重症者が出た。

2021年7月2日のコロナダッシュボード。東京都医療崩壊の1か月前の状況。第4波では東京のコロナ病床は満床に。入院できない感染者は自宅での療養継続を強いられた。中等症2以上は、それでも基本的に入院とされていたが、低酸素血症で救急車を呼んでも来てくれない、到着しても数時間搬送先が決まらず、結局、自宅に戻されるなどのケースも頻発した。
第4波では東京でも医療提供体制が逼迫し、コロナ病床は満床に。救急車が搬送先を見つけられないという事例が頻発した。私たちも2021年8月から在宅でのコロナ対応(往診)に駆り出されましたが、重症肺炎のほとんどが、ワクチン接種が行われていなかった中年層・若年層(主にメタボリック症候群)の方々だった。10月までの2か月間で、私たちだけで800人超のコロナ肺炎の在宅治療を担当させていただいたが、ワクチン接種者はほぼ皆無だった。
なお、その時に対応させていただいた患者さんの一部は、いまだにコロナ後遺症でケアさせていただいている。

わたしたち医療法人社団悠翔会は、東京都の委託を受け、東京23区の主に都心部から城東エリアにかけてコロナの在宅対応を担った。東京都内8か所の診療拠点の医師に加え、コロナ専従チームとして、常時3名の医師+看護師が都内を巡回、2か月間で800人のコロナ肺炎の在宅治療を担当した。当時は、私たち自身にはまだワクチン接種の順番が回ってきておらず、強い緊張感の中で診療をしていたことを覚えている。

もはや病院では対応しきれない、という現状にあわせて、その後、コロナ対応は「原則自宅療養」と大きな方針転換が行われた。しかし、自宅に往診できる医療機関は少なく、オンライン診療による薬剤処方や、在宅医療専門医療機関、時間外往診サービスなどが行政サービスの一部に組み込まれた地域もあった。
ワクチンの安全性については、「完全に安全」というつもりはない。
ワクチンに限らず、完全に安全な医療介入など存在しない。薬物療法も手術も検査も、すべてにおいて一定のリスクを伴う。
新型コロナワクチンにも副反応はあり、まれではあるが重篤な健康被害も起こり得る。しかし安全性の評価は「リスクがゼロか」ではなく、「感染した場合のリスクと、接種によるリスクを比較して、どちらが大きいか」で判断すべき。
その観点からは、少なくともハイリスクグルーブ(重症化リスクの高い集団)では、メリットがリスクを上回っていると言い切ってよいと思う。第4派(デルタ株)においては、メタボリック症候群もハイリスクだった、ということだろう。
なお、私たちがワクチン接種に関与した方の中で、ワクチンの不利益によって重大な健康被害が生じた人はおられない。一方で、ワクチン接種前、あるいはワクチン未接種者に重症化、死亡例が多かったことを考えると、ワクチン接種の恩恵は火を見るよりも明らかだ。
おそらくコロナ対応に従事された他の医師の方々も同様の見解ではないか。

コロナ対応チームに届いたお見舞いのお花。不足する感染防御資材や緊急対応運営資金など、在宅コロナ対応は、多くの方からのご寄付と善意に支えられて乗り切ることができました。改めて感謝申し上げます。
4. 接種開始後に陽性者数・死亡者数が増えた。有効性が疑わしいのではないか
重要な論点だと思うが、「接種後に陽性者数や死亡者数が増えた」という時系列だけで、ワクチンが無効だった、あるいは有害だったとは言えないはずだ。
たとえば、シートベルト着用率が50%から100%に上がっても、自動車事故が100件から1万件に増えれば、当然死亡者は増える。これをもってシートベルトが無効だったと主張する人はいないだろう。
シートベルトと死亡率の関係を評価するためには、着用率と死亡数だけではなく、事故件数や、車両の安全対策、年齢層、事故後の救急体制などを調整して比較する必要があるはずだ。
死亡率が下がっても感染者数が何倍にも増えれば、死亡者数の絶対数は増える。
これはワクチンの効果がないことを意味しない。
第7波、第8波では、オミクロン株の強い感染力、社会活動の本格的な再開、免疫の時間経過による低下、それによる高齢者施設や医療機関でのクラスターの再増加など、感染者数の母数が桁違いに増えた。
これが「死亡率が下がっていても死亡者数は増えた」原因であることは、すでに科学的検証も済んでいる。
権威ある医学雑誌、Natureには日本におけるワクチンプログラムの検証論文が掲載されている。
東京のデータを用いた Emerging Infectious Diseases の研究では、2021年1〜8月の分析で、2回接種後の死亡予防効果は60代で88.6%、70代で83.9%、80代で83.5%、90歳超で77.7%と推定されている。
厚労省アドバイザリーボードの第8波に関する考察でも、2022年以降はオミクロン株の特性やワクチン・自然感染による免疫の影響で致死率は低下していたが、感染者数が圧倒的に増えたため死亡者数の実数が増えた、と整理されている。
ワクチンに限らず、その有効性は単純な絶対数の時系列で評価されるものではない。

診療を担当していた高齢者施設で。入居者の作品。ここでは入居者と職員の全員がワクチン接種を重ねた。ワクチン接種前は一度、クラスターを経験したが、ワクチン接種後、5類に分類されるまでは施設内での感染者はゼロだった。
5. 2021年、2022年の超過死亡はワクチンが原因ではないか
超過死亡が起きていること自体は重く受け止めるべきだ。
ただし、その原因は新型コロナウイルス感染症によるものと考えるのが自然であろう。
超過死亡は、平時に予測される死亡数と実際の死亡数の差をみる指標。
新型コロナウイルスによる直接死だけでなく、医療逼迫、受診控え、介護施設や医療機関での感染拡大、慢性疾患管理の悪化など、パンデミックの間接影響も含む。
日本でも、2021年のデルタ株流行期、2022年以降のオミクロン株流行期に、感染者数が大きく増え、高齢者や医療・介護施設に感染が広がった。感染者数の母数が大きくなれば、致死率が下がっていても死亡者数の実数は増える。したがって超過死亡を説明するうえで最も自然なのは、COVID-19流行そのものと、それに伴う医療・介護体制への負荷ではないか。
ワクチンが超過死亡の主因だったと結論づけるには、前の質問で回答した通り、接種歴と死亡を個人レベルで結び、年齢、基礎疾患、感染歴、接種からの期間、地域、流行株、医療アクセスなどを調整した解析が必要になる。単に「接種が進んだ時期に死亡が増えた」という時系列だけでは因果関係は示せない。
重要なのは、仮説をデータで検証すること。
超過死亡の分析は今後も必要だが、現時点で、超過死亡の主因をコロナワクチンとみなすだけの一貫した疫学的根拠は乏しいと考える。
●日本の2020年1〜5月の超過死亡を推定した Emerging Infectious Diseases の論文は、COVID-19パンデミック下で全国レベルの超過死亡を検出し、ただし都道府県・年齢構造と報告COVID死亡との一致は弱く、直接・間接影響を区別するには死因別分析が必要としている。つまり、超過死亡は「COVID-19の直接死だけ」ではなく、医療逼迫や社会的影響を含むパンデミック負荷として解釈すべきという内容。
●2021年8月、デルタ株流行期の日本での超過死亡を扱った論文では、全国で4105人の超過死亡、ベースライン比3.8%と推定され、「デルタ株の拡大による可能性がある」と結論づけている。これは「ワクチンが始まったから死亡が増えた」ではなく、感染流行そのもの、特にデルタ株による疾病負荷が超過死亡に反映された、という説明と整合する。
6. 副反応疑い報告や健康被害救済制度の認定件数をどう見るか。
コロナワクチンの副反応疑い報告数は2024年7月までに3万7091件、うち重篤報告数が9014件、死亡報告数が2204件。また、コロナワクチンの予防接種健康被害救済制度については、2026年5月時点で進達受理件数が1万5340件、うち認定件数:が9,477件、うち死亡に係る認定件数が1071件。
コロナワクチンの安全性についてどのようにお考えか。
副反応疑い報告や死亡報告は、重く受け止めるべきものだ。
ただし、これらは「ワクチンが原因と確定した件数」ではない。接種後に起きた健康事象を幅広く報告する制度であり、因果関係が不明なものも含まれる。
また、健康被害救済制度の認定も、医学的・科学的に厳密な因果関係が証明されたという意味ではない。この制度の目的は、予防接種という公衆衛生施策に協力した人に何らかの健康被害が生じた場合、厳密な証明を求めずに迅速に救済することにある。
つまり、この制度における「認定」とは「ワクチン接種後に生じた健康変化」であり、そのすべてを「ワクチンによる健康被害」と読み替えるのは不正確だ。
日本では平時でも年間約160万人、1日平均で約4,400人が亡くなっている。
100万人あたり36人だ。
1日に100万人接種すれば、机上の計算では同日中に36人、10日以内に360人、1か月以内に1000人以上が亡くなってもおかしくはない、ということになる。そして、これはワクチン接種がなくても生じうる死亡者数だ。
要介護高齢者や基礎疾患のある人を含む大規模な人口に、数億回規模で接種を行えば、接種後数日から数週間の間に、心疾患や脳血管疾患、がん、感染症などで亡くなる方が一定数出るのは避けられない。
したがって、「接種後に死亡した」という時間的関係だけで、「ワクチンが原因で死亡した」とは言えないはずだ。背景死亡率と比べて死亡が増えているのか、特定の死因が増えているのか、接種から発症までの時間に一貫したパターンがあるのか、年齢や基礎疾患を調整してもリスクが高いのか、などを評価する必要がある。
一方で、まれな重篤副反応や健康被害はもちろんあり得る。だからこそ、副反応疑い報告制度や健康被害救済制度がある。個別事例は丁寧に評価し、必要な救済を行うべきだ。ただし、報告数や認定数をそのまま「ワクチンによる副作用・ワクチンによる死亡者」と読み替えるのは、医学的にも制度上も不正確だ。
7. 接種後に健康被害を訴える人についてどう考えるか
健康被害を訴える方の声は、軽視すべきではない。
接種後に体調不良が続いている方、生活に支障が出ている方がいるなら、まず医療的に評価し、必要な支援につなげるべきだ。
ただし、ここでも「接種後に起きた」ことと「接種が原因で起きた」ことは分ける必要がある。
時系列的に「接種後」であれば、もちろんワクチンが関与した可能性を考慮すべきだが、既存疾患の増悪や別の疾患の発症のタイミングとたまたま重なった可能性もある。どちらかを最初から決めつけるのではなく、症状、時期、検査所見、既往歴、他の原因の可能性を丁寧に見ていく必要がある。
原因が正しく診断できなければ、正しい治療につなぐことができない。
ワクチンが原因だという思考停止は、結果として適切な治療やケアに接続するのを阻害することになりかねない。その因果関係を科学的に評価しつつ、体調悪化の原因をきちんと診断することが、その人にとって最善の選択であるはずだと思う。
8. 観察研究には健康者接種バイアスや交絡があるのではないか
コロナワクチンについては、メリットがリスクを上回った、多数の命を救ったとの報告(査読済み論文)が多数ある。フランスのコホート研究で、接種者で非接種者より総死亡率が低下したとの報告もあった。一方で、こうした報告には健康者接種バイアスや交絡因子などがあり、鵜呑みにできないとの指摘もある。科学的にフェアに安全性・有効性を評価するには、接種者と非接種者を属性に偏りなく、フェアに比較する長期的な追跡システムが不可欠だと考えるが、どうお考えか。
その指摘は妥当だと思う。
接種者と非接種者を単純に比べるだけでは不十分だ。接種する人としない人では、年齢、基礎疾患、健康意識、医療アクセス、社会経済状況、感染リスク行動などが違うため、健康者接種バイアスや交絡が生じうる。
とはいえ「評価不能」ということではない。
実際には、年齢、基礎疾患、既感染、接種時期、流行株、医療利用歴などを調整した(背景要因を合わせた)研究が多数ある。傾向スコア、IPTW、test-negative design、自己対照ケースシリーズ、target trial emulationなど、さまざまな方法でバイアスを減らす試みがなされている。
最大限バイアスを減らす努力をした上で、複数の国、複数のデータベース、複数の研究デザインで、重症化・入院・死亡を減らすという結果が一貫しているということは重視すべきだろう。
質問に引用されているフランスの全国データ約2800万人を用いたJAMA Network Openの研究では、18〜59歳を対象に、社会人口学的因子と41の併存疾患で重み付けしたCoxモデルを用い、4年全死亡リスクの増加を認めず、COVID-19死亡リスクは低下していた。著者自身も健康者接種バイアスを自ら明示的に問題として扱い、6か月以降の追跡開始、負の対照アウトカムによる較正などを用いている。
十分に批判的な評価をした上でもこの結果が出ていることは重要ではないか。
「観察研究には交絡があるから鵜呑みにできない」という指摘は正しい。
一方で「交絡があるからワクチンの有効性を評価できない」というのは正しくない。
科学的にフェアな態度とは、研究の限界を認めつつ、調整済み研究の総体、研究デザインの質、結果の一貫性を見て判断することであろう。
日本ではマイナポータルに接種記録や感染情報、入院情報などが統合管理される。死亡統計、副反応報告、救済制度のデータを、個人情報に配慮しながら連結し、透明性の高い形で長期追跡できる仕組みづくりも進められている。
信頼は「問題がない」と言い切ることではなく、検証できる制度を作ることで生まれるもの。
これは今後もワクチン接種を安心して受けてもらうためにも重要だと思う。
9. mRNAワクチンというプラットフォーム自体の安全性をどう考えるか
先日も筑波大学からミトコンドリアの機能低下がmRNAワクチン接種による心筋炎を誘導するとの研究結果が報告された。今後、コロナワクチンに限らずインフルエンザやRSウイルスなどについてもmRNAワクチンが登場する可能性があるが、mRNAワクチンの安全性は担保されているとお考えか?
mRNAについて、私は「新しい強力な武器」を手に入れたと考えている。
このプラットフォームによって今後、多くの人が、これまでより大きな健康上の利益を得ることができるようになるのではないかと期待している。
新しいものだからこそ、新型コロナワクチンに関しても安全性評価は継続されるべきだ。特に心筋炎・心膜炎のようなリスクは年齢、性別のみならず、接種間隔やワクチンの種類によっても差があるため丁寧に層別化して見る必要がある。しかし「mRNAだから危険」と一般化するのは科学的ではないと思う。
筑波大学などから基礎研究として心筋炎の機序に関する報告が出ていることも軽視すべきではない。ただし、基礎研究で示されたメカニズムの可能性と、実際の人間集団でどれくらいの頻度で重大な健康被害が起きるかは、これも別の問題だ。基礎研究、臨床研究、疫学研究をつなげて評価する必要がある。
今後、インフルエンザやRSウイルスなどにmRNAワクチンが使われる場合も、これまで同様、疾患ごとの重症化リスク、対象年齢、既存ワクチンとの比較、安全性データを個別に評価すべきだ。
またRNAを使う技術は、新型コロナワクチンだけでなく、がん免疫療法の領域でも研究・実用化が進んでいる。患者さんのがんに特有の変異を標的にする個別化がんワクチンのような形で、免疫に「標的」を提示する技術として使われている。
重要なのは、「mRNA」という技術名だけで危険か安全かを判断しないこと。
mRNAはDNAに組み込まれるものではなく、細胞内で一時的にタンパク質を作らせるもの。免疫反応による副反応、まれな心筋炎・心膜炎など、実際に観察されているリスクは丁寧に評価しつつ、そのベネフィットを最大化することが重要だと考える。
もちろん、mRNAワクチンは安全性が完全に担保されているとは言い切れない。
しかし、mRNAというプラットフォームそのものを、遺伝子改変や長期毒性という「イメージ」だけで危険視するのは科学的ではない。臨床試験、市販後調査、疫学研究、基礎研究を総合して、疾患ごと・製剤ごとに判断すべきだと考える。
10. 次のパンデミックで、我々はどう判断・行動すべきか
次のパンデミックにおいても、対策の主軸はおそらくワクチンになる。
今回の経験を次に生かすには、市民、医療者、政府の三者それぞれに反省点があると考えている。
一般市民の方々にとって重要なのは「打つリスク」だけでなく「打たないリスク」についても考えることだ。ワクチンには副反応がある。まれに重い健康被害も起こり得る。特に新しいワクチンに対して不安を持たれるのは当然だし、その不安は軽視されるべきではない。
しかし、打たないことのリスクも大きい。感染して重症化するリスク、後遺症が残るリスク、同居する高齢の家族や基礎疾患のある家族に感染を広げるリスク、職場、学校、介護施設、医療機関などで周囲に影響を及ぼすリスク・・・。特にパンデミックの原因となる感染力の強い病気は自分一人で完結できる病気ではない。自分の判断が、自分のみならず大切な周りの人にも影響しうる。
リスクは年齢、基礎体力、免疫機能などによって異なる。特に高齢者や基礎疾患のある人と日常的に接する人は、接種しないリスクについて、自分自身のみならず、周囲への影響も考えた上で判断してほしい。
医療者側の反省も大きい。
新しい病原性微生物、新しい検査、新しいワクチン、新しい治療薬に対して、患者が不安を感じるのは当然だ。PCR検査についても「陰性なら大丈夫」などの誤解や混乱があった。ワクチンについてもその効果、副反応、限界、接種しない場合のリスクを患者が理解できる形で伝える必要があった。
医療者がすべきことは単に医学的に正しい情報を一方的に説明することではない。
患者が何を不安に思っているのかを把握し、その人の背景に合わせて、納得できる意思決定を支えることだ。このプロセスは単なる「説明と同意」ではない。信頼関係に基づく共同意思決定であるべきだ。
今回のコロナ禍では、かかりつけ医機能の弱さも明らかになった。
発熱患者を診ない、接種手数料を上乗せしないとワクチン接種に協力しない、コロナに感染したかかりつけ患者の在宅ケアに対応しない医療機関が少なくなかった。もちろん、感染対策、人員、動線、診療報酬、物資不足など、個々の医療機関にも事情はあるのはわかる。しかし、地域の患者を第一線で支えるはずのプライマリケア医療機関が非常時に十分機能しなかったことは間違いなく初期の混乱の重大な要因であったはずだ。
私が診療を担当している千葉市は、コロナ禍のピーク時においてですら、発熱外来に対応していた医療機関の割合は全体の20〜30%にとどまっていた。私たちの診療所には(在宅医療メインであるにも関わらず)四街道や市原など、遠方からも発熱患者さんやそのご家族がお越しになった。これは千葉市だけの問題ではない。全国的に発熱外来の開設割合には大きな地域差があり、報道では高い県で約6割、低い県では約2割という差が指摘されていた。住んでいる地域によって、発熱時に診てもらえるかどうかが大きく変わってしまう状況は本来あってはならない。
次のパンデミックでは、地域の医療機関が、発熱者の診療、検査、ワクチン接種、在宅療養支援をどこまで担うのかを平時から明確にしておく必要がある。非常時になってから一部の病院、保健所、救急、在宅医療だけに負担を集中させる仕組みでは持たない。感染症診療は「特別な医療機関だけが担うもの」ではなく、プライマリケアの一部、地域医療の標準対応機能として組み込んでおく必要がある。
政府の情報発信にも反省点があると思う。
私は、ワクチン確保、接種体制の整備、医療提供体制の維持など、一連の政府の対応には評価すべき点が多かったと考えている。当時の不確実性の中で、重症化や死亡を減らすために大規模にワクチン接種を進めたのは英断だった。
一方で明らかな失敗もある。
一つは5類移行のメッセージの出し方。感染症法上の位置づけが変わっても、ウイルスの性質が変わるわけではない。しかし社会には「5類になったからコロナは終わった」「もう普通の風邪と同じだ」という受け止め方が広がった。これは大きなミスリードだった。
5類移行は、行政による特別対応から、地域医療による通常対応への制度変更である。ウイルスや感染症そのものが消えたわけではない。高齢者や基礎疾患のある人の重症化リスクがなくなったわけでもない。医療機関や介護施設での感染対策が不要になったわけでもない。
ここを政府はもっと明確に伝えるべきだった。
政府は「安心と通常化のための単純化したメッセージ」ではなく、不確実性を含めた正確な情報を伝えることが重要ではないか。制度が変わったのか、ウイルスのリスクが変わったのか、個人が取るべき行動が変わったのかを分けて説明すべきだ。
市民は「自分と周囲のリスク」を考える。
医療者は「患者の納得を支える信頼関係と一次対応力」を構築する。
政府は「制度変更とリスク変化を混同させない情報発信」を行う。
この三つが、今回のコロナ禍から次に生かすべき最も大きな教訓だと考える。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
主に在宅医療や超高齢社会に対する発信をしています。
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