必要な時に使えない保険は、保険ではない。

在宅で看取られるはずだったがん患者が、介護サービスを一度も使えないまま亡くなる。申請しても認定を待つ間に状態が悪化し、再入院や死亡に至る——こうした事例は例外ではない。現行の介護保険は「認定後給付」を前提とするが、急速に変化する病態には適合していない。問題は運用の遅れではなく「必要なタイミングで給付できない」という制度設計そのものにある。
佐々木 淳 2026.04.26
誰でも

「申請したが、間に合わなかった。」

在宅で看取るはずだったがん患者が、介護サービスを一度も使えないまま亡くなる。
心不全の増悪で退院した患者が、要介護認定を待つ間に再入院する。

これは決して珍しい事例ではない。
現場では繰り返し起きている「構造的な失敗」である。

国立がん研究センターが22年に発表した調査では「死亡前6カ月間に介護保険を一回も利用したことがない」と回答したがん患者の遺族のうち、23%が「申請したが利用できなかった」と答え、そのうち約半数が介護認定を受ける前に亡くなっていた

にもかかわらず、この問題は制度の本質的欠陥としては正面から議論されてこなかった。

認定調査員の不足、主治医意見書作成の所要時間、認定審査会開催の遅れなど、運用の問題に矮小化されている。

だが問題の本質はそこではない。

現行の介護保険制度は「必要な時に必要なサービスの給付」を制度的に保証できていないということだ。

制度の前提と現実のズレ

要介護認定は「どれだけ手がかかるか」を基準に設計されている。

具体的には、食事・排泄・移動などのADLや認知機能を評価し、それを介護時間に換算する。必要と見積もられる介護時間に応じて要介護度が決まる。

この要介護認定の一次判定は、1990年代後半に実施された介護時間のタイムスタディ調査に基づき構築されている。この調査は主に特別養護老人ホームや老人保健施設の入所者を中心に行われ、当時の施設入所者の多くが認知症およびADL低下を伴う集団であったことが知られている。

このモデルは認知症や慢性期の身体機能低下など、比較的状態が安定している高齢者には適合する。つまり「今の状態がしばらく続く」という前提で成り立っている。

一方、医療依存度や急速な状態変化などの要素は十分に反映されにくい。

がん終末期では日単位で状態が変わる。心不全では軽微なきっかけで急激に悪化する。そして退院直後は見た目以上に在宅生活が不安定、実際再入院のリスクも非常に高い。

このような患者において重要なのは、「今どれだけ介助が必要か」ではなく「いつ生活が破綻するか、どれだけ急変するか」である。

ここに、制度と現実の決定的なズレがある。

なぜ「間に合わない」のか

確かに介護認定審査会の頻度は低い。主治医意見書の提出も遅い。

しかしこれらは各論に過ぎない。問題はもっと構造的なものだ。

要介護認定は、申請 ➡ 認定調査 ➡ 主治医意見書 ➡ 一次判定 ➡ 介護認定審査会、という直列のプロセスで進む。各プロセスの所要時間を短縮しても、一定の時間を要する設計になっている。さらに評価は「安定時の状態」を前提としている。

制度は「時間をかけて安定した状態を評価する仕組み」であり、短期間で変化する状態には対応できない。その結果、申請してもサービス開始前に状態悪化した、暫定利用を推奨されても現場ではリスクが高く実質的に使いにくい、自治体ごとの処理能力・運営方針の差がそのままサービス格差になる、などの問題が発生している。

すでに公平性は崩壊しているのだ。

介護保険料を負担してきたにもかかわらず、必要なときにサービスが利用できないのであれば、利用者の視点からは制度の信頼性そのものが問われる。これは看過すべきでない深刻な問題ではないか。

自治体ごとの人員体制や運用によって、認定のスピードも質も異なる。

同じ状態の患者でも、住む場所によってサービスにアクセスできるかどうかが変わる。

規制改革推進会議でも2017年から要介護認定の効率化・簡素化が繰り返し取り上げられてきたが、「公平性を守るために慎重であるべき」という厚労省の主張は、現実の不均衡を前提にしていない。

真の課題はどこにある?

この問題は、単なる事務処理の効率化では解決しない

本質的な問いは一つだ。
介護保険は、必要なタイミングで必要なサービスを給付しているのか?

制度としては「認定後給付」が原則だが、その前提自体が急変疾患・不安定期には適合していない。結果として、必要な時に使えない、利用できる頃には状態が変わっている、あるいは既に亡くなっている、などの事態が頻発している。

これはたまたま該当してしまった個人の不運ではなく、制度設計上の当然の帰結である。

目指すべき改革の方向性は明確である。

単に「認定プロセスを早くする」ではなく、「必要に応じて認定前でも給付アクセスを保障する」という設計に転換する必要があるのではないか。

具体的には次の7項目を考える。

十分に実現可能であると思う。

提案① 暫定給付の権利化

現行制度でも、申請後に暫定ケアプランを作成しサービスを利用することは可能とされている。しかし実務上はほとんど機能していない。

理由は単純だ。

認定結果が軽ければ利用者に返還リスクが生じる。そして事業者は未収リスクを負う。

従って現場では「本認定を待つ」という行動をとらざるを得ない。

ここを変える必要がある。具体的には

●申請と同時にサービス利用を可能とする
●一定範囲内では返還を求めない
●事業者への支払いを公的に保証する

つまり暫定給付を「選択肢」ではなく「権利」にするということだ。

例えば医師の診断書か簡易意見書だけで申請日から即日利用ができるように「仮認定」を仕組み化するとともに、病気や状態に応じた暫定上限をあらかじめ定める(たとえば予後が半年以内と想定されるがんの場合には暫定で要介護4、半年以内と想定される場合には暫定で要介護2、心不全NYHA3度以上なら要介護3など)。

後日認定が軽くても一定範囲までは返還不要とすることで、ケアプラン作成時の不安を軽減するとともに、不正・過剰利用は事後監査で対応。

これで、使ってよいと言われていても、なかなか利用されない「暫定プラン」が一般化するはずだ。

提案② 急変疾患ファストトラック

すべてのケースを通常ルートで処理する必要はない。

明らかに時間的猶予がないケースについては「別ルート」を設けるべきである。
例えば、がん終末期、重症心不全・呼吸不全などの重大な臓器障害、急速進行性疾患、介護認定を待たずに早期退院をさせたいケースなどだ。

これらの病態に対しては「精度」よりも「タイミング」が優先されるべきだ。

24~48時間以内に仮認定、主治医意見書は簡略化または診断書で代替可、認定調査はオンライン・電話・退院前カンファレンス記録で代替可とし、後日、本認定で補正する。

災害時には認定前支給や暫定対応の柔軟運用が示されている。平時の急変疾患にも同じ発想を制度化すればよい。実現のハードルは低いはずだ。

提案③ 主治医意見書を二層化

現行の主治医意見書は認定プロセスに乗るまで遅い。

そこで通常の主治医意見書の他に「緊急暫定給付用簡易意見書」を準備する。

簡易意見書は例えば次の5項目程度で十分だ。

●疾患名
●急速悪化リスク
●ADL低下の程度
●在宅生活継続に必要な介助
●介護サービスの緊急給付が必要な理由

これなら忙しい医師でも5分で記載できる。
医療現場の負担も比較的少なく、口頭指示を補助者が記載するのも容易だ。

提案④ 認定調査を資料で代替

現在は訪問調査・主治医意見書・審査会という形式に縛られ、現場の労力と時間を要している。急変疾患の場合には、例えば、退院前カンファレンス記録、訪問看護指示書・看護サマリー、リハビリ評価、緩和ケアチーム記録、ケアマネ初回アセスメントなど、必要な情報はこれらにすでに記載されている。

これらの提出で認定調査に求められる内容は代替しうるはずだ。

ここで「形式美」を追求する必要は全くない。

提案⑤ 「急変リスク加算」を創設

そもそも認知症と老年症候群をケアすることを目的に算出された介護時間=要介護度そのものを疾患別に作り替えようとすれば大改革が必要になる。

従って、現行の要介護認定に「急変・終末期・医療依存リスク加算」を追加する形が合理的ではないか。

予後の見通し(日~月の単位)、入退院の反復、酸素・麻薬・輸液・ドレーン管理、夜間対応必要性、介護者の身体的・精神的負担、判断負荷、急変時対応の頻度などをスコア化し、給付限度額や福祉用具への即時アクセスを上乗せできれば、要介護度の概念そのものを再整理する必要はなくなる。

提案⑥ 認定遅延に対する補償

介護保険法は審査期間を「原則30日以内」と定めるが、2024年度に30日以内に認定されたのは全件数のうちわずか22・8%にとどまっている。
申請数の増加で業務が逼迫していることは理解できるが、法定期間の形骸化を放置すべきでない。

結果として「被害」を被っているのは利用者・患者だ。
見通しのないまま待たされる、その間サービスが使えない、待っている間になくなっている方もいるのだ。

例えば、
●申請から30日を超過した場合は暫定給付を自動的に発動する
●遅延期間中の自己負担上限を軽減する
●事業者への支払いを保険者が仮払いする
●後日の本認定の結果が軽くても利用者返還は原則免除される
●遅延原因が保険者側なら国庫で補填する

など、これらの措置により、遅延による本人・家族の不利益を制度的に解消すべきだ。
少なくとも法定期間が守られていないことの不利益を、本人・家族に一方的に転嫁し続けることは許されないはずだ。

提案⑦ 自治体格差の可視化と是正

介護保険の最大の問題の一つは、保険者である自治体による格差だ。

認定に要する期間、審査体制、事務処理能力、運用体制は自治体によって大きく異なる。
同じ状態でも地域によってサービス利用の可否が変わる。
介護保険制度の運用の工夫により、終末期がんや心不全の場合であっても、スムースな介護保険サービスの導入を可能にしている自治体がある一方で、そうでない自治体も多い。

これは全国一律の保険制度として整合しない。
そして「公平性」を理由とした慎重論とも矛盾する。
現状の地域差を過小評価すべきでない。

厚労省は認定審査期間、30日超過件数、認定調査所要期間、主治医意見書所要期間、二次判定所要期間などを保険者別に公表し、改善が不十分なら対策を検討する方針を示している。
これはぜひ強力に進めてほしい。

まずは自治体別の平均認定日数を毎月公表し、30日超過率をKPI化すること。
そして急変疾患の認定所要日数を別集計することで、患者や家族の置かれた厳しい状況を可視化できるはずだ。

遅延自治体には国・都道府県による事務支援、認定遅延が一定水準を超える自治体では暫定給付を自動発動することなどを検討すべきだ。

規制改革推進会議での議論では小規模自治体における認定・審査人材の確保が困難であるという状況も明らかにされている。
基礎自治体単位となっている認定業務の広域化や共同処理も合わせて推進すべきだろう。

また認定審査会の体制も(急性疾患を除いても)すでに限界に近づいている。
AI一次判定+専門職レビューで十分ではないか。緊急案件は少人数パネルでオンラインで簡易審査、事後に本審査会で追認、などでもよいだろう。

守るべきは審査会の権威ではなく利用者の時間価値だ。

最後に

この問題は、「困っている人がいる」という情緒的な話ではない。

保険制度としての整合性、医療と介護の接続、地域間の公平性、終末期ケアの質など、制度の根幹に関わる問題である。

そもそも必要なときに使えない保険は、保険として成立していない

現場はすでに限界まで制度の隙間を埋めている。これ以上、現場に依存することは持続可能ではない。

問われているのは、手続きの改善ではない。

給付のタイミングをどう設計するかだ。

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